新しい音楽制作理論 by 伊藤圭一

明確な理論の必要性

一般的に音楽制作は、音楽家の感性によって行われてきました。
しかし私は、音楽制作に新たな音響学を取り入れることに成功しました。

これまでの音楽理論にはない、新たなパラメーターを確立することによって生まれた
新しい音響学なのです。

さて、一般に物作りには、
「経験」は勿論ですが、「勘」や「センス」と言われる
定量的に計りにくいものを頼りにしている面があります。

例えば料理の味付けでしたら、
舌で味わいながら調味料を調整したりするわけです。
結果的には、何を何グラムというような物理的な数値に置き換えることができます。
とはいえ、常に一定ということではなく、
食材のバラツキによって、水分含有量などの影響を受けたり、
夏と冬では身体の調子も違うために香辛料の量を変えるなど、
微妙な調整が必要な事は言うまでもありません。

時に、祈りや強い思いが、現実を超えて奇跡的な結果をもたらすこともあると言われますが、
実際には、「願い」や「思い」だけでは、どうしようもないことも多いわけです。
そこは、明確な理数系的な理論の支えが必要になるわけです。
音楽も同じで、「気持ちを込める」とか「豊かな経験」「高い演奏技術」などでは、
不安定な結果しか生みません。
確実で理想的なものを生み出すには、明確な「理論」が必要なのです。


それから音楽は、それを聴く人の感じ方との関係性が極めて重要です。
それは、様々な要素で成り立ちます。

聴覚能力など、医学的に人体の構造に基づくことを「音響生理学」と言うとしましょう。
精神的あるいは心理的なもの、また統計的な要素に基づくものを、「音響心理学」と呼ぶとしましょう。

まず、それらを解析してデータ化することで、
曖昧な「勘」や「経験」では為し得ない、確実な「結果」を予測することができます。

例えば、ガラスが割れる音を聞かされて、嫌なイメージを持つ人が多い・・・などが、その典型的な例です。
サウンドとして美しいわけでもなく、経験的に不快なものを連想させるからです。
ただ、それを「何となくそうだろう」という曖昧な理由で解釈していては、理論とは言えません。


音は「空気振動」という物理現象


ところで、音楽は、音の集まりであり、
その音はといえば「空気振動」です。
ですから、音楽は単なる物理現象なのです。

また全ての音は、単純なサイン波の合成によって作る事ができるという理論があります
フーリエ級数と呼ばれるもので、確かに楽器の音色は、分析していくと、特定の規則性を持った周波数を持つ倍音に分解でき、
それらが時定数をもって変化して、音楽を作り上げています。
それらの音の持つ倍音の周波数成分や、
絶対的な音量とその変化を表すエンベロープなど様々要因で、
ヒトの身体が、どう反応するかが課題なのです。

音楽は空気振動ですから、それを極めてゆっくりとした波に変えていき
振幅をどんどん大きくしていったなら「風」と同じようなものです。

そこで、風に例えて考えてみましょう。
マイナス5℃の風が、風速30メートルで吹き付けたなら、
ほぼ全ての人が、寒いと感じることでしょう。
また、気温40℃、湿度95%の環境下では、
ほぼ全ての人が不快と感じるに違いありません。
しかし、25℃のゆったりとランダムな風・・・いわゆる「そよ風」なら、
多くの人が爽やかに感じ、歓迎されることでしょう。

では、何℃であれば良いとか、絶対的な数値として表現できるでしょうか?
それは、人によって様々で、生まれ育った環境、好み、体調、精神状態など、
非常に複雑に絡み合って、それぞれ感じ方は違ってくるわけです。
つまり、気温や湿度、あるいは風速は、絶対的な数字もさることながら、それだけが問題なわけではなく、
ヒトの感性との関係を持って相対的に影響しているのです。

経験値に基づく解釈の限界


このようなことは、音楽にも言えます。

絶対的なものと相対的なもの、
また、様々な環境との相関関係・・・等々。
しかしこうしたことを音楽家はデータとして持たず、
経験や勘に頼って音楽を作ってきました。
作曲家は勿論ですが、演奏家もどのような演奏が歓迎されるのかに、
明確な理論はなく、非常に曖昧な経験に基づく情報で解釈してきました。
例えば、「このフレーズは、もっとゆっくりと」とか
「この音は、さらに強く」など、指導者もそれを受け継ぐ者も
非常に主観的なものを頼りに音楽を演奏してきました。
楽譜や既存の録音物もアバウトな指標にしかなりません。


その一方で、音響工学といわれる絶対的に定量をする方法があります。
建築音響工学などもその1つです。
楽器や壁の材質による振動の違い、部屋の広さや形状による残響など、
物理学的に数値で示すものです。


音程や音色を加工し、演奏技術を補える最新音楽制作


さらにそれを電気的に加工する技術が進んできました。
いわば電気音響工学と言われる分野です。
コンピュータの発達により、かなり複雑に加工する事ができるようになり、
その自由度は、作曲家や演奏家の守備範囲を網羅するまでに至っています。
つまり、音程や音量、音色を自由に加工できるようになったために、
電気的にメロディーを変えたり、演奏技術を補なったり
場合によっては、完全に音楽を合成することさえ可能になりました。

美しい音楽とは、演奏技術や経験値、そして物理的技の融合


しかしそこは、音楽としての美しさと懸け離れたものであってはならないのです。
これまでに述べた、生理、心理、工学、電気など全ての技が
音楽的にバランス良く使われたとき、
美しい音楽、理想的な音楽、最高の効果をもたらす音楽が
生まれるのです。


世界的にみても、それらを総合的に分析して音楽制作をしている組織や個人を見かけません。
それは、極めて広い分野の知識と、それを具現化する設備、
情報収集するためのネットワーク、
膨大な経験値など全てを揃えることが難しいからでしょう。


私は、子どもの頃から、音に深い興味を持ち、音楽と楽器に親しみ、
音響心理学、音響工学、電気音響工学を学んできました。
音楽理論をもった仲間たちと、約30年前に作った(株)ケイ・アイ・エムでは、
Kim Studio という、世界最先端の設備をもったレコーディング・スタジオを、
自由に使える環境を手に入れました。
自分の理想とする音を手に入れるために、メーカーの機材開発をお手伝いしたり、
また、NHKをはじめ、国内外のメディアや企業から、沢山のチャンスを頂いたことで、
膨大なデータと経験が備わりました。


私たちが、あらゆる分野の、あらゆるタイプの音楽家とコラボレーションしても、
どんな場合でも、常に結果を出せるのには、そうした理由と根拠があるからなのです。

音の倍音構成と響き


ここで、1つの具体例を示しましょう。
音楽にとって極めて重要な要素として、倍音がありますが、
倍音の周波数は、基音の周波数との関係で表されます。
偶数倍の倍音、奇数倍の倍音、非整数倍の倍音などです。

偶数倍の倍音は、まろやかで心地良い響きです。
奇数倍の倍音は、やや明るい響きです。
非整数倍の倍音は、少々耳障りな響きです。
しかし、非整数倍の倍音が全く無いと、地味な響きになったりしますので、
完全に不要であるとも言えません。

例えば、銘器と言われるバイオリンが持つ倍音は、
非常に合理的な倍音構成となっていますし、
意外と非整数倍の倍音も多く含まれていたりします。

解析出来る環境と設備、方針を打ち出す技と道具の重要性


要は、そうした事の解析能力があり、
それを過去のデータと付き合わせて分析することができる環境や設備があり、
その上で、今後の展開のさせ方として、方針を打ち出せる頭脳と
それを具象化できる電気音響工学を使いこなす技と道具、
そしてそれをチェックできる環境があることが極めて重要なのです。